シーモアさんの本

この秋公開された『シーモアさんと、大人のための人生入門』

ピアニストでありピアノ教師のシーモア・バーンスタインさんを、俳優、映画監督のイーサン・ホークが撮ったドキュメンタリー映画です。
音楽をやってる方はご覧になった方も多いのではないでしょうか?
私もずっと気になっていたので先月、鑑賞しました。
シーモアさんの音楽への愛あふれる姿勢、誠実な生き方が静かに描かれていて、芸術を生涯かけて掘り下げること、音楽を通して考えることの素晴らしさ、またシーモアさんが大切にしている生活を音楽と一致させるということがどういうことかが伝わってきました。
タイトルに「人生入門(英題:AN INTRODUCTION)」とあるのはおそらく、音楽家以外にもシーモアさんの考え方や生き方は何か壁にぶつかっている人のヒントになることがあるというイーサン・ホークの想いがあるからだろうと思います。
音楽を愛する素晴らしさや、シーモアさんの人柄を通して温かい気持ちになる作品ではありましたが、音楽をやってる私にとっては心が揺さぶられるというよりかは、うんうんうんと深く頷く内容でした。
この映画のラストシーンにこんな言葉が映し出されました。

私は夢にも思わなかった
この両手で
空に触れることができようとは

なんてきれいな言葉なんだろう。
なんども頭の中にこだましました。
それから、シーモアさんに興味をもったので彼の本を読んでみることに。


『With Your Own Two Hands -Self-Discovery Through Music-』
邦題『音楽による自己発見 心で弾くピアノ』とあります。
もしYAMAHAの本棚に『音楽による自己発見 心で弾くピアノ』というタイトルの本が並んでいるのを目にしたとしても、私は絶対手にとらなかったろうと思います。こういう自己啓発系のタイトルは苦手なのだ・・・
と拒否反応がありながらも最初のページをひらくと、あの言葉がありました。

*サッフォーとあります。これはどうやらシーモアさんの言葉ではなく、古代ギリシャの女流詩人サッフォーの言葉のようです。
ピアニストとして、ピアノ教師としてたくさんの音楽を志す人々と向かい合ってきたシーモアさん。
精神論的なことと、具体的なピアノの弾き方についてや練習の仕方のアイデアがたくさんつづられています。
音楽をやる上で避けては通れない悩みや、問題、心のわだかまりをゆっくり丁寧に分析し、彼の考えが述べられます。
一貫しているのは、音楽をやりたいという気持ちを大切にし、それに自分自身が応えられるように努力する道すじを見つけようということ。そうすればその人はその人なりの才能を開花させることができる。
人の才能をうらやんだり人の環境をうらやんだり、自分の才能を卑下したり自分の環境を嘆くことは何もないんだと教えられます。
ーーーー*ーーーーー*
第1章《なぜ練習するのか》
第2章《なぜ練習しないのか》
ーーーー*ーーーーー*
・・・と、はじめの目次をふたつ並べました。
これだけ見てもいきなり興味深いお題です。
《なぜ練習しないのか》ではいろんな生徒の事例をあげながら、その人の心にあるひっかかりが練習しないという行為に結びついていることを見抜き、ひも解いてゆきます。
大人になるにつれて練習だけに限らず何をするにも時間がない言い訳はたくさん、もうそれはたくさんできます。私もそうです。でも自分にそんな言い訳をすることは誰だってしたくないはず。でもなぜ言い訳をして後回しにしてしまうのか。そんな問題との向き合い方が書かれています。
ひとつは孤独を恐れないこと。
そして練習の意味を見出し理解すること。

楽器の練習の目的は感情と理性、知性と体の動きを一体化させること。
技術上の問題をいかにして問題に取り組み、練習の〈過程〉を通していかに最後にそれを解決するか。

とありました。
また、禅の哲学者は「菊を描こうとするなら、自ら菊となるまで、10年眺めよ。」と言う、と。これは映画のなかでも述べてるシーンがありました。
それくらい自分のなかに表現したいものの美的価値感を育てよということ、何かの本質をみるにはそれくらい忍耐が必要だということだと思います。
この本のなかに、

音楽にそれ自身の美しさを吐露させるのだ

という一文がありました。
私はこの考えがとても好きです。
自分が何かを表現しようとばかり思うのではなく、音と音の連なり、音楽の流れのなかに美しさが内在していて、それが自分の身体を通って表現されるという感覚。
(↑つい最近テレビで見た哲学者レヴィ=ストロースの考え方にもこれに似たものがありました。自然にとっての最良のかたちになるように手をくわえるのが日本人が古くからもっている感性なのだと。)
そして一番大事なメッセージだと感じたのは、
With Your Own Two Hands 
本のタイトルにもなっている<二つの手で>という言葉です。この言葉はいつもカッコ書きで使われます。
そう。
自分自身の意志で、自分自身の二つの手で、できようになるまでのプロセスを歩むこと
それが練習であり、生き方であると言ってるようです。

・練習においても人生においても、うまく困難を克服できるかどうかは、やりとげる決意があるかどうかにかかっている。
・どれほど心動かされたかは、それに対し何をなしたかによって計ることができる。やろう、という気持ち、決心だけでなく、自分の<二つの手で>どのようにしてその気持ちを実現しようとしているか。

最後に、

・うまくいかない可能性のあるところは、必ずうまくいかないのです。

・・・。

気をひきしめるにはいい本です。
というわけではないけれど、
音楽という芸術を敬い、同じく音楽を愛する人を敬い、誠意をもって人や音楽に向かっているのが伝わってくるいい本です。

 
 

読了目安時間:7時間(練習方法については読み飛ばしてもけっこうボリュームがあります)




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