夏の思い出 2016

朝夕の涼しい風に夏の終わりを感じるこの頃。

ライブや演奏以外のこの夏の思い出をいくつかここに残しておこうと思います。

 

その一。

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海!!

海とかプールとか花火とか夏らしいイベントには今まで興味はなかったので海に遊びに行ったのは小学生以来でした。

行ったのは福井県の小浜市。

初めての日本海。

初めてのシュノーケル。

初めての狩り!(釣り竿も手にしたことないのにまさか先にモリを手にする日がくるとは!)

 

泳ぎは得意だと思っていたのですが、慣れないシュノーケルに何度も溺れました。

フィンを付けては足がつり、浅瀬しか泳げないのでモリで刺せるのは砂ばかり。

諦めてマーメイドごっこや砂浜で昼寝。

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しかしせっかく来たのに、もっと魚のいる光景を見ずして帰れないと2日目は特訓してもらいました。
なんとか長い時間顔をつけることができるようになり、遠くまで泳いでいくことができました。

死と隣り合わせで怖かったけど(大げさなようですがシュノーケルのサイズがあってなくて、本当に油断するとすぐ溺れる…)、見たことのなかった海の中を体験することができました。

ふわふわさまよってるクラゲ、目の前を泳ぐかわいい魚、かわいくない魚、光が波の模様を底に映し出してゆらゆらと揺れる様。海に沈む太陽。

目にした情景は宝ものになります。

もっとキレイな海ももぐってみたいな~と更なる欲求が。🐠

ワイルドなBBQに、民宿の海の幸にと日本の海、満喫でした!

 

 

その二。

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言わずと知れた太陽の塔です。

大阪に生まれ育ちながら初めてお近づきになれました。

隣の万博競技場では高校生の頃何度も試合で走っていたのですが。

1970年、大阪万博。

入場者数など記録的な数字を叩きだし、世界が、日本中が熱狂したと言われているその伝説の万博の記憶が閉じ込めらている記念館 EXPO’70パビリオンを訪れました。

“人類の進歩と調和”

この時代に、先端をいく技術を駆使していかに壮大な万博を描き、それを実現させたのかを知りました。

こんなにロマン溢れる万博だったとは!!

この時代の日本人のエネルギーとは何だったんだろう!!

スペースシアター。

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当時の最新技術が集結された立体音響システムで1008個ものスピーカーから流れる音楽とレーザー光線によるショーが行われたところ。

武満徹、高橋悠治、クセナキスがこの空間のための作品を書き下ろした。
現在は、ガラス越しではあるけれどその光の演出と、立体音響ではないが当時のスピーカーで再生される音楽を聴けるようになっていました。

まさに現代の音楽に、現代の表現に当時は熱い視線が注がれていたんだなと思うとうらやましくもあります。

 

また、万博の案内お姉さん(コンパニオン)の衣装も展示されてありました。
46年前とはいえ今の私の感覚から見てもオシャレなものでした。少しレトロでハイセンスな感じ、好きです。

 

そして、万博開催決定からの会議の議事録なんかの資料も手にとって見ることができました。

これがとてもとても面白かったのです。

その時代、人間にとって、世界にとっての今を見つめ直し、未来に向けてどう進んでいくべきか、今ここで何を考えるべきかが記されていたように思います。
そういう理念がまずあっての万博だったんだなと。

それと比べて今のオリンピックなどはどうなんでしょう。なんとも商業的な面が嫌に目に付く気がします。
(でも会議の様子はやはり、出来レースのような’意義なし’で決まっていくようなものでしたが)

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「日本万国博ニュース」というこれは、4年前からの万博準備期間の様子を国民に伝えるものとして発刊されていたようです。

1号から全部読みました!
まっさらな千里の丘陵地を開いて、本当に何もないところからスタートして、どんどんこの巨大なプロジェクトの細部が決まっていく様子を追うことができました。

手塚治虫が意味深な内容の寄稿をしていたり。
中でも衝撃だったのは、家を建てるときに日本は地鎮祭を行いますが、パビリオンの建設にあたってその敷地面積があまりにも広大なためか、ヘリコプターに神主をのせて空からお祈り?をしていた写真。

ぶっとんでます。

しかし私がもし当時この冊子を手にしていたなら、3ヶ月前くらいまでは、えっ?本当にできるの?間に合うの?って不安に思っていたような内容で、でもそこには前向きな見出しがついていて、後から読んでる身としては笑えました。

それくらい無謀なものに挑んでる国をあげての一大プロジェクトであり、それは戦後の日本として成さなければならないものであり、世界もそれを期待していたことがわかりました。また、無謀なようでもそれをなんとかゴリゴリとおし進めて実現させてしまうすごいパワーと、技術、英知が日本にはあったんだなと感心しました。

余談ですが、私が思うに、適材適所でうまく人選の配置ができていたのではないかと思います。詳しくは知らないのであくまで予想です。この適材適所って本当に大事だなと思うのですが、色んな大人の事情かなんかで適材適所がなされずにうまくいかないことって現代の日本でよく目にする気がします。

もちろん万博の成功は素晴らしかったとはいえ、良い面ばかりではなかったと思います。

当時から反発もあったようだし、国内初の原発であった美浜原発もこの万博で使う膨大な電力のために作られたといういうし。

でも良い面も悪い面も含めてこうやって、日本で何があったのか、昔の人が何を思って、どういう未来への思いをもってその時代に何をなしたのかを知っておくことは大切だなと思います。

文化とはその時代の生きてる証でありながらも、それは未来に向かってまく種なんだなと漠然と感じました。

 

あとは、アートアクアリウムとかシン・ゴジラとか心が動いたイベントが他にもあったのですが、長くなったのでこの辺でおしまいとします。

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